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2023年01月30日2023年1月27日『ターラの夢見た家族生活』原作者トークライブ内容 安發自己紹介: 私は日本で生活保護のワーカーをしていました。その時に母子家庭が多かったんですけれども、子供たちの状態があまり良くなっていかないことについて、フランスだったらもっとこんなことができたのにというようなことがたくさんあって、10年前よりフランスでフランスの子ども家庭福祉について勉強したり現場に通ってフランスの支援方法を日本に伝えようとしてきました。でも、書いたり口で説明してもなかなか伝わらないような気持ちもあって、この漫画を日本語版で紹介して、どのようにエデュケーターの人たちが家庭を支えてるんだよ、子供のことだけではなくて親の力にもなることができるんだよっていうことを伝えたいと思っています。今80人の方にご支援いただきました、どうもありがとうございます。こちら先行予約が出版に必要な費用の100%集まったら出版できるというものです。ぜひ読んでみたいという方、ご支援いただけるとありがたいです。 原作者パボさん自己紹介: 20年間エディケーターとして働き、今は漫画家をしています。 安發: エデュケーターというのはソーシャルワーカーの資格の一つで、ソーシャルワーカーの資格がフランスに13種類国家資格がある中でエデュケーターは児童保護と障害、成人の自立支援の分野を3年間かけて学んで国家資格を受けます。 パボさんはまず施設で働いてその後在宅支援といった形で親子を支える仕事をしてきました。 進行松岡: ターラちゃんはすごく大人びていますよね。 安發: 8歳なのですが、お母さんを頼れない代わりに、このエデュケーターがいることでお母さんに言えない悩みだったりお母さんとのことで困ってることだったりを話すことができるというシーンが出てきますね。 松岡: エデュケーターというと教育というイメージがあって、こうしなさいっていう立場の人かな、というふうに思ったんですけど、そうではないんですね。 パボ: ああしなさいこうしなさいで済めばいいんですけれど、そうではなくて実はもっと複雑、あれをしなさいこれをしなさいと人間に言ってうまくいくものではないからです。 関係性について私たちは関わっていきます。つまり親と子どもと一緒に、どういう方向で親子の関係性が変化していけばいいかということについて親子と一緒に探します。何かしら子どもが困難を抱えている家庭に入るので、子どもが困難を抱えているというのは何か家庭の中でうまくいってないことがある、不満なことがある、そういった時に家族のそれぞれがみんなより過ごしやすくなるために私たちが入っていきます。 安發: 私は在宅教育支援の調査をしているのですが、ほとんどの子どもが、学校で例えば勉強に遅れがあったり、学校でうまくいかないことがあるといったことを理由に在宅教育支援という親も子も支える支援が始まっています。 松岡: パボさんはどうしてエデュケーターになろうと思ったか教えていただけますか? パボ: 最初は中学校高校の歴史の教師をしていたんですけれど、その時にそのうまくいってる生徒たちにとっては自分を特に必要としていない、必ずしも自分じゃなくていいんじゃないかと思う部分があった。一方で学校でうまくいってない生徒たちにとっては週3回授業するぐらいでその生徒たちの力になることができないと感じていた。その子どもたちが抱えてる問題というのは勉強に取り組めないとか学校に来るのが辛いとか、それよりもずっと広いことで、そして家について悩みを抱えてることが多かったからです。子どもが抱えている悩み全体に取り組むには、学校でできることはとても限られている。学校というのは子どもがうまくいっていないことがある、その症状が目に見える形で現れる場であっても、それを解決するための場は学校ではないと感じていました。 歴史の先生をしたあと大学に4 年間戻りエデュケーター国家資格の勉強をし直して、今度は被害にあっていたり危険に瀕している未成年を対象とする児童保護の世界で働くようになりました。 人間というものをもっと包括的に捉えたいと思いました。人間というのは生物学な面だけではなく心理面そして社会面その3つから成り立ってるわけです。その社会の部分は人間関係です。私は人間科学をアクションに移すということがエデュケーターの仕事であると考えています。人間科学というのは歴史や人類学や社会学、哲学、そういったものが全て合わさった中で、人間が不幸になったり人間が加害者になったり被害者になったりしているわけです。なので、そういった「うまくいかないことがある」「うまくいかないことがあってこの子どもがその症状を発している」としたら、人間科学でその子どものためにできることは何だろうかということに取り組むのがエデュケーターだと考えています。 松岡: エデュケーターはどういう家庭に派遣されるのですか?一人で何家庭を担当しますか? 安發: 私の調査から言うと、支援最初のきっかけは学校ということが多く、例えば夫婦喧嘩の声が聞こえたっていう通報がきっかけであったとしても、学校で子どもの調子が悪いということがわかると支援の対象になるということが多いです。例えばレゴで遊ぶ時にいつも「助けてー!」と叫んでいる人がいて、誰か助けに行くという遊びをしているということが支援開始のきっかけだった子どもがいました。エデュケーター一人で子ども26人と県で決まっているので兄弟がいたりするから1人十数家庭を担当することが多いです。私は同じ家族を継続的に2年間近く調査してるのですが、1年半から2年ぐらいで支援が終わる家庭が多い一方で、もっと長期間、例えば親の精神疾患が改善しないなど長期間支援が必要な家庭もいます。 在宅教育支援は親が希望して、例えば子どものことで手を焼いていますとか子どもが反抗期でうまく関係性が築けませんとか、別れた両親の関係性が良くなくてそのことを子どもが気に病んでるけどうまく子どもと話せませんとかそういう場合もあります。 ターラちゃんが受けているのは、親が望んだわけではなく、子ども専門裁判官という児童保護を専門とする裁判官が、今の状況では子どもの権利、子どもの安全や健康が守られていないから在宅教育支援を命令しますと裁判官の命令によって始まっている支援です。そして 1年後に、支援の結果改善したかどうか確認します。 子どもは現在、危険な状況ではないけれども、心配な状況で、しかし危険な状況まで放置してしまったとしたら子どもを親元から離して施設だったり里親だったりに措置しなければいけなくなるので、そうではなく、親子の状況をもっと良くすることができないか、子どもの状況を改善させようということで在宅教育支援が始まります。もちろん親は最初は望んだわけではないので難しいのですが、信頼関係を築くためにエデュケーターの人たちが、私たちが何かを批判したり、罰するためにいるわけではありませんと、親のことも子どものこともその支えるためにいるんですっていうことを伝える必要があります。 パボ: 支援の方法はオーダーメイドです、家族によって、暴力的な父親だったり、すごく優しいけれど子どものことにうまく取り組めていない親というのでは違います。中には子どもに対して暴力的な言葉を使う親もいますし、アルコールの問題がある親、精神疾患の被害に遭っている親、そういった状況があると、子どもにとっては世の中、外の世界とつながっていくことに難しさが出てしまいます。例えば子どもが学校に行かないということについて親がどういうふうに対応すればいいかわからない、これも「危険」として私たちは捉えます。なぜかというと、子どもの将来を危険にさらすような状況だからです。子どもが学校に行けるだけ十分安心できるためにはどのような準備が必要なのか親と一緒に探します。「親をすることの支援」といった言い方をします。そして1年後にまた子ども専門裁判官のところに「これから先まだ在宅教育支援を継続する必要があるのかどうなのか」と話しに行くのですが、いい仕事ができた時にはほとんどの親が「あと1年お願いします」と、最初は望んでいなかった親だったとしても、エデュケーターがいることが家庭にとって危険ではなくて、親としての役割を補強してくれる存在なんだということが伝わって「もう1年お願いします」と言ってもらえることが多いです。 松岡: ターラちゃんは学校に行っていますか?学校に行けていない状態なのでエディケーターが入るのでしょうか? 安發: フランスの場合は月2 日以上学校を休むともう不登校の扱いで親子共に、状況を確認して 支援しなければいけない、また全寮制の学校に入るか施設から学校に通うか検討されます。 ターラちゃんの場合は、お母さんが幻覚が見えるということで、かなり小さいうちから施設措置されていて、そして家に帰るにあたって、お母さんに精神疾患があるので、2人で暮らしていくには心配があるから在宅教育支援という条件つきで家に帰っていいよと施設から出られたという状況です。 松岡: 学校制度についての質問で、日本の学校制度はかなり画一的で学校に行くことでとても狭い価値観を植え付けられていますがフランスの学校制度に日本の学校のような課題はないのでしょうか? 安發: 学校はすごく厳しくて3歳から義務教育なのですが、その学年の内容を履修できていないと落第してしまいます、なので、学校で落ち着きがないとか宿題ができていなかったとかそういうことについて早いうちから専門職が入っていきます。 パボ: 義務教育は16歳までなので、16歳までは学校に行きます。もし一般的な学校が合わない場合は職業コースの方を勧めてその子どもに合った学び、例えば高校の職業科など、その子どもに合った教育が何なのか探します。どのような集団の学びにも合わなかったとしたら、その家庭に誰かが通って教えるというような形もありますけれど、それは非常に極端な話です。ただ不登校という現象は日本に比べてそういう症状を示す子どもはフランスは少ないのではないか。一方で学校で反抗するような子どもはいます。一日中座って話を聞くことについて十分教えてもらうような機会がなかったら、そういうことができなくて反抗的な態度に出るということもあるからです。エディケーターの仕事としては学校に行って学校の様子を聞くということもありますけれども、中心的な仕事は学校のことではありません。 安發: 私自身が調査の中で、例えば学校でいつも笑いを取りにいって授業を妨害する子どもがいました。でもエデュケーターが、お母さんがちゃんと病院に通ってお母さんの調子が良くなるように介助の人が毎週病院に連れて行くということを手配したらもう授業中に笑いを取るような行動をしなくなり、子どもについての心配はなくなったということもありました。そういった意味で、家庭の状況を良くしたら子どもの症状は改善するという考え方がフランスではされていると思います。 松岡: エデュケーターは公務員ですか?という質問も来ているのでその後続けてエデュケーターの仕事を説明していただきます。 パボ: エデュケーターの仕事というのは、どのようなメソッドを使えばいい教育ができるというようなものではありません。テクニシャンではありません。アドバイスをすることはできます。しかし、私たちが対象にしているような子どもたちは暴力の被害を経験していたりトラウマがあったり、でもその起きていることについて理解できないというような状況にいる子どもが多いです。なぜかというと、子どもは自分の親は、両親のことは好きなわけです。人間の子どもは20年間は親のことを愛せないと独り立ちできないわけで、親のことを愛する気持ちがないと生きていけないわけです。なのにもしその両親が暴力的だったりした時に、その自分が愛する両親から身を守るということがどういうことなのか、考えが整理がつかないということがあります。なので、私が大事だと感じるのは、その子どもにとって自分の人生がどういったものなのか、その説明を自分で見つけ出すということです。 安發: エデュケーターは児童相談所など公務員として働くこともありますけれども、在宅教育支援というのは民間団体です。 公務員のソーシャルワーカーは必要なケアをコーディネートする係で、民間団体にいるエデュケーターやソーシャルワーカーの人たちがより専門性のある継続的な支援を提供します。公的機関から委託をされて、施設や里親や在宅教育支援サービスを民間団体が県のお金で実施します。 パボ: 親にとっても子どもにとっても、人間にとって難しいのは、理解ができないことです。例えば自分の子どもがなぜ家から出ないのか、なぜ学校に行かないのかっていうことが理解できない、または子どもが親のことを理解できない。「うちの子は普通じゃないのか」「親がこういう行動を取るのは何でだろう」ということが理解できないことはすごく難しいことです。子どもが学校に行けない場合はエデュケーターが一緒になんで学校に行けないんだろうと考えます。自信がないのか、それとも彼自身に何ができる、彼にどんな価値があるといったことを十分支えてもらうことができていなかったのか、自分に何ができるということについて自信を持つような機会が十分なかったのか。 私たちがまずすることは親がどのように自分の子どもを見ているのかということ、子どもがどのように自分の親を見ているのかということについて働きかけをしていくことです。子どもはよく親との関係がうまくいかないのは自分のせいだと考えます。子どもは親のことが好きなので、自分のせいでこうなった、うまくいかないんだと考え、自分をより苦しめるような行動をとります。それが不登校だったり引きこもることだったり自殺だったりするわけなんですけれど、これから先、親が新しく人生を生き直す、子ども自身も新しく生き直すためにはこの親が子どもを見る目線、子どもが親を見る目線ということについて働きかけて変えていく必要があります。変えていく中で、これまで起きていたことについて違った態度をとり、違った姿勢で生きていくことができるようになるからです。やり直しをこれまでと違った形でしていくことができるからです。そのためには自分自身が変わるという こと、関係性を変えるということが「許可される」状況にしなければいけません。私たちが「こうあるべき」ではなくて、親自身そして子ども自身が「どのようになりたいのか」っていうことを実現するための力をつけていけるように支えるということがエデュケーターの仕事です。 パボ: エデュケーターにとっては何が真実か知ることではなく、その子ども自身、親自身にとってそのライフストーリーと共に生きていくことができるという自分の歴史のストーリーを一緒に作ることです。なので最初その家族にとっては「めんどくさい」と思われるのは、「さあ皆さんテーブルの周りに集まって座ってください、たくさんの質問をお互いにしてください、それに答えてください」っていうようなことをします。中に子どもが何で親がこの家族を作ろうと思ったのか、自分が生まれたのは望まれて生まれているのかそれともなんとなくこうなったのか、そういったことさえ何も知らない子どもたちがいます。日本文化の中では羞恥心だとか、起きたことについて、あまり都合がいいことではない場合は話さないといったことも文化としてあるのではないかと私は思っているんですけれど、サイレンスつまり話さないということは、結果的に加害者を守り被害者を守らないということが多いです。誰も何も言わない状況で弱い人は耐え続けていて、危険にさらされ続けるということが起きる。誰も話さない、うまくいってないことがあることについて話さない結果、子どもが学校で症状として、例えば学校に行かない、学校で勉強に取り組むことができない、そういった症状を示します。私たちエデュケーターが子どもと親の心の、お水がいっぱいになってしまった花瓶を、一度お水を流して空っぽにする、溢れ出ないようにすることができます。自分の人生について理解することができる、なんで親が暴力的なのか、それは親自身が暴力的な環境で育ったのか、それとも何かすごく嫌なことがあったのか、そういったことを理解することができるということが安心感につながるからです(自分が悪い子どもだったから暴力的な態度をとられたわけではないとわかる)。 松岡: 日本では虐待のケースに介入する支援に入るというとエスカレートしてしまうケースがよくあるということで、フランスではエデュケーターが家庭に入ることで一時的にでも虐待がエスカレートしてしまうことはないのですか。 パボ: おそらく日本の家庭を支援してる人たちにどうしてより暴力がエスカレートすることがあるのかということを聞いてみる必要があるというふうに思う。エデュケーターは家庭に対し敬意を示し、家庭のことを守ろうとしているのに、その反対の反応が起きるのはなぜなのか。もしかしたら日本では家族の誇りという考え方があるかもしれない。 フランスの場合は革命の時に王様の首を切ったっていうこともあって「難しいことがあったりうまくいってないことがあったとしたら、そのことについて話さないと」といった考え方はあります。最初父親が怒ったり泣いたりというようなことはありますけれども、子どもが外、路上で被害に遭うよりも、家庭内で暴力に遭うことの方が多いわけなので、親が怒るからと言って入らないわけにはいきません。父親が怒ったりすることがあったとしても、私たちは子どものために動いてます。子どもがもしかしたら危険な状況にあるかもしれないのに、怒らせるから行かないという選択はできません。もしそれで子どもの状況がより危険にさらされるようなことがあるとしたら、それは裁判官が子どもを家庭から離すということを検討しなければいけません。ただ、私たちが在宅教育支援という形で入っていくのは子どもが家で暮らし続けることができるように問題解決するということを裁判官から頼まれたからです。 パボ: フランス人に自分の漫画が読まれていることだけでもすごく驚いてるのに、日本人にまで読まれるかもしれないというのは、すごく自分にとって大きな冒険で、特にこの小さなキャラクターが日本の人に読んでもらえるというのは驚きなんですけれども、アーティストとしては、エデュケーターという仕事についていなければ、私たちは似ているような人と出会う機会が大半なのですが、エデュケーターは自分とは全く違った人に出会う機会があるとても素晴らしい仕事です。社会のために戦っていくっていうことについても、エデュケーターの仕事はとても大事な学校だと感じています。違いを受け入れ合うだとか、誰もが弱みを持っているわけで、お互いの弱みを互いに受け入れ合うということについても、素晴らしい 職業だと感じています。そして誰かに助けを求めるというのは一番勇気がいることです。そういったことについてもエデュケーターという仕事はとても素敵な仕事だと感じています。 安發: 質問の中に離れて暮らしたい子どももいるんじゃないかということについて、フランスの場合は離れて暮らしたいと言ったその日から離れて暮らすことができるので、離れて暮らしたくないけれど家庭で難しい状況だという時のこの支援があります。エデュケーターはもともと戦後に仕事帰りにいわゆる浮浪児ですね、メトロの出口にたまっているような子ども若者たちを社会人ボランティアグループが家に連れて帰ってお風呂に入らせて家に寝泊まりさせて近くの商店とかで仕事を与えたりしていた。そんな中で子ども専門裁判官と小児精神科医の人たちが少年院の中だったり精神病院の中ではなくて地域にいるにうちに子どもたちを支えるべきだと主張し国にこのエデュケーターの仕事の必要性を伝えたという経緯がありました。私は日本でワーカーをしていた時に、してあげたかったけれどもできなかった、ということがすごく多かったり、子どもたちに「他に何もないの」って言われたことがあったり、日本で十分できなかったことがたくさんあって、後方支援と思ってフランスのこういった「いいアイデアがある」といったことを発信していきたいと活動しています。今回の企画についても、これからもフランスの支援について私自身が話すような機会などホームページにアップしていきますのでこれからもご支援どうぞよろしくお願いいたします。日本もみんなみんなが手を取り合っていけば、すごくいろんなことが改善していくん じゃないかと思っています。 [...] Read more...
2023年01月30日Play Video about PAvo Video Overlay 27日に実施したオンラインイベントは既に500回視聴されていて関心の高さを感じています この内容は5日夜まで視聴可能です   ご支援も21%に到達しました。口コミが一番効果があるそうなので、どうかたくさん話題にしてください。 トークライブの質問の回答 エデュケーターの仕事について: エデュケーターは1948年よりある資格です。 公的機関はコーディネート役、民間機関が専門的な支援を実施します。パリ市では5つ在宅教育支援を実施している民間機関があって、県から子どもごとに委託費が支払われます。私の調査先機関ではパリ市と近郊で900人の従業員で一年に1万1000人の子どもを支援しています。 家庭の生活レベルではなく児童保護の「予防」目的で市民法375条「子どもの健康、安全、精神面が危険やリスクにさらされているか、子どもの教育的、身体的、情緒的、知的、社会的発達状況が危険やリスクにさらされている場合」において「心配やリスク」がある子どもが対象です。「危険」がある場合は保護の対象になります。親や環境ではなく「子どもの状態」、子どもの権利が守られていることを確かにしようとしています。7割が子ども専門裁判官という裁判官資格の上に2年間児童保護と非行の専門訓練を受けている裁判官の命令で支援が決定します。非行の場合は非行分野の在宅教育支援エデュケーターがいます。支援命令が出ているのに支援を無視する親がいたとしたら、子どもを守ることができないので保護することも考えられますが、説明すれば支援が子どもにとってより良い状況を作るためと理解されるので実際に無視するようなケースは見たことがありません。子ども自身がエデュケーターに出会い、この家では難しいから全寮制の学校に入りたいと言うことは多くあります。また、母は毎日相談の電話をするくらいエデュケーターを頼るようになっても父とは連絡がとれなくなるということも残念ながらあります。 学校からの「心配」な判断が契機であることが多く、夫婦喧嘩の通報など他の契機であっても、学校で心配があれば支援の対象となります。学習の遅れや心配な行動などです。 エデュケーターは1人で子ども26人、約十数家庭を担当しますが、2-3人担当者がつくことも多くあり、さらに多職種チームで家族を担当します。例えば1つのチームを構成するのはエデュケーターを中心に、ソーシャルワーカー、社会家庭専門員、学習エデュケーター、幼児エデュケーター、心理士2人(週2日)、小児精神科医(週1日)、異文化メディエーター(週1日)といった具合です。方針はチームで決定します。家族にとっても内容によって話しやすい相手がいたり1人の担当との相性に左右されずに済みます。 1年ごとに状況の再検討がおこなわれ、7割は3年以内に終了すると言われています。 Q:日本にエデュケーター制度がないことについてどう思いますか →日本はソーシャルワーカーになんでも解決できることが求められていますが、フランスではソーシャルワーカーに13職種あり、3年間1週間現場実習1週間論理という学びを積み重ねても実際現場に出ると現場ごとに利用者が必要とする専門的知識や技術は異なるので、最初の年は7-8種類研修を受けることが必要になります。医療で例えると実際はかかりつけ医だけでなく専門医が必要な分野だと思うので、専門性について日本も見直す必要があり、かついくつもの専門職によるチーム対応も重要であると考えます。さらに、実際毎週一緒に時間を過ごす中でしか家庭内のダイナミズムを変えていくのは難しいということも検討されてほしいです。 Q: エデュケーターは、どんな「職種の人」「(国家)資格を持つ人」と連携をとりながら、職務を進めていきますか? →例えば精神疾患のお母さんと娘の周りにはこのようなコーディネートがされていました。   エデュケーターについての記事   路上エデュケーター ネットエデュケーター シェルター シェルターと親支援 在宅教育支援についての記事   ある家庭への在宅教育支援の例 学校について: 3才から16才が義務教育で3才から落第があります。義務教育機関は教育とケアと福祉が全ての子どもに行き届いていることを保障する期間と位置付けており、その役割を専門職に担わせています。ただ、学区の学校に限らず子どもに合った場所を探すという柔軟な方法もとられています。   学校についての記事 1 学校についての記事 2 学校についての記事 3     発達段階に合わせ国で用意している仕組み 他: Q: 一時的にでも虐待がエスカレートしてしまうことは無いのでしょうか?もし、そのようなケースがある場合には、どのような対応になるのでしょうか? →児童保護分野の支援であるゆえ、電話でいつでも子ども専門裁判官とやりとりできる状況にあります。危険があれば即日保護されます。専門職は「親のことを支えたいと思っている」ことがちゃんと伝われば、どの親も子どもにはより良い成長をしてほしいと思っているので協力体制を築けると言われています。パボさんも最初は親が望んで支援が開始するわけではないが一年後の裁判では親の方から「あと一年お願いしたい」と言ってもらえると話していました。虐待は「望んでしているわけではないけれど他に方法がとれないくらい行き詰まっている」という状況なので、親の優先順位通りに一つずつ解決を手伝います。大家さんともめている、家の水漏れが解決しない、歯の治療をしなければいけないけど手続きができていない等.. こちらのリンクご覧ください https://youtu.be/JViMIRGcEeE Q: 子ども自身が、エデュケーターに親から離れて暮らしたい、ということはありませんか?「子どもが親を愛するもの」というのは幸せな家庭に育った人が決めつけている、という考えはないのでしょうか? →未成年が望めば即日保護されます。実際10代は子ども自身が希望する場合の方が多いです。在宅教育支援の途中に保護を希望する子どももいます。親に対する気持ちの整理をエデュケーターが手伝います。パボさんによると未成年で親とうまくいってほしいと願わない子どもはいないのではないかということです。 Q : 「親としての役割を保証してくれる」その横にエデュケーターがいるというのが、印象的でした。3歳以前の子ども達への配慮はまた違う方々が行っているのでしょうか? →在宅教育支援は学齢期である3才以上であることが多いです。それは、3才未満は保健所にあたる組織が家庭への定期的な支援や、社会家庭専門員という「家事支援+家庭支援+ソーシャルワーク」をおこなう専門職を週2時間x2回など派遣したりもしているからです。 Q : 先ほどのお話にあった民間団体とは、例えば、NPOのような組織ですか? →フランスではアソシエーションという組織が担います。利益の分配以外の目的のためにその有する知識と活動を共同のものとするグループと規定されています。 NPOとの違い (clair HPより引用)   契約性1901年法は、アソシアシオンを「制度」としてではなく、諸個人の意志の合致である「契約」として捉えた。従ってアソシアシオンは、最低2名の構成員で設立することができる。ドイツの登録非営利社団が最低でも7名以上、ベルギーやルクセンブルグでも3名以上の構成員を必要としており、この個人主義的な組合的構成の貫徹は、1901年法の重要な特徴の一つであると言える。日本のNPO法人は、10人以上の社員が必要である(NPO法第12条第1項第4号)。 非営利性・利得の不分配アソシアシオンは、その事業による収益を構成員の間で分配することができない。しかし、その本来的な目的追求のために、手段として収益を目的とする経済活動を行うことはできる。またアソシアシオンの目的は公益に関連している必要はなく、構成員の共益のみを目的とした団体もアソシアシオンである。従って、活動内容に関する規定は存在せず、公序に反しない限りいかなる目的のアソシアシオンを結成することも可能である。これに対して日本のNPO法人は、営利を目的とせず、不特定かつ多数のものの利益の増進に寄与することを目的としている(NPO法第2条)。また活動内容は、法別表に掲げられた16の活動及び団体の運営又は活動に関する連絡、助言又は援助の活動とされている。これらの活動に係る事業に支障がない限りにおいては、「その他の事業」を行うことができ、この場合において収益を生じたときは、これを本来の活動に係る事業のために使用しなければならない(NPO法第5条)。 知識・活動の共有アソシアシオンは、知識・活動を共有することによって、ある目的を達成するために設立される。その目的達成のためには、物質的手段・資源も必要となることがあるが、財産の所有はアソシアシオンにとって必要条件ではなく、知識・活動の共有を通じた人的な結びつきによって、その目的を達成するということに重点が置かれている。この点は税法上も反映されており、優遇措置の基準として法人格そのものよりも活動目的が優先される。 アソシアシオン契約に関する1901年7月1日法(Loi du 1er juillet 1901 relative au contrat d’association) http://www.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/344.pdf Q: 日本では何かしらの福祉の支援を受けることに対してスティグマが強く、支援を拒否したり、隠したり、困っていても助けてと言えない雰囲気があると思いますが、フランスでは、何かしらの福祉支援を受けることに対するスティグマ、ハードルは日本より低いでしょうか? →転居したらかかりつけ医とソーシャルワーカーにまず会って安心という人はいますが、高所得層は困っても福祉事務所や児相に相談するのではなく優秀な家庭教師を雇ったりするそうです。地方では特に、家庭教師よりは国家資格のあるエデュケーターを個人的に雇って自分たちの子どもの教育を任せている親がいるという話も聞きます。 パボさんの話で印象的だったのが、在宅教育支援のエデュケーターは家族にとっては新しい親戚のおじさんができたようなかんじであり、エデュケーターができることは「子どものことを好きになる、そして親のことを好きになること。そこから愛が広がっていく」と言っていたことでした。エデュケーターの養成学校でも何度も「子どもを親を大好きでい続けることが第一」「自分に何ができるか聞く」と教わったのを思い出しました。 [...] Read more...
2022年10月05日Au Japon, l’accouchement sous secret n’est pas inscrit dans les mœurs. Cette année, un hôpital a reçu des femmes qui souhaitent accoucher sous secret, ce qui a conduit le Ministère de la santé et le Ministère de la justice à publier un premier document relatif à cette question, “Protocole en cas d’accouchement si la mère ne choisit de ne pas communiquer son nom à l’ensemble des services” le 30 septembre 2022. Voici quelques commentaires : Point positif 1° : L’État ne recommande pas l’accouchement sous secret. Cependant, il a permis la rédaction des dossiers avec un pseudonyme, ainsi que la possibilité de rédiger un acte de naissance de ces enfants sans parents. Point positif 2° : Ces enfants seront orientés vers un processus d’adoption, et il y a une liste de 23 institutions privées qui encadrent ces adoptions. Donc l’enfant ne sera pas pris en charge par l’ASE (Aide Sociale à l’Enfance), ne va pas y rester pour une durée trop longue et il n’y aura pas de recherches réalisées pour connaître les grand-parents du bébé. Manque 1° : Il n’y a pas de mention sur le besoin d’aide de ces femmes, ni aucune indication pour les renseigner sur les aides existantes. À aucun endroit, le soutien psychologique ou social de la femme n’est évoqué. Manque 2° : Qui prendra en charge les frais hospitaliers et de l’accouchement (environ 4000€) ? Qu’est-ce que les hôpitaux doivent garder en tant qu’informations nécessaires sur les parents ? Il devrait avoir une règlementation sur la gestion de ces données. Qui va faire le suivi de ces enfants accueillis chez la famille adoptive ? Risque : En 10 pages, le mot “persuader” revient à 15 reprises : le personnel de l’hôpital doit persuader les femmes de donner leur identité. Les hôpitaux peuvent comprendre que l’accouchement sous secret est une pratique déconseillée par l’Etat, et donc être incités à persuader les femmes de donner leur identité. Cela peut provoquer une situation difficile pour les femmes. Il est écrit que dans une optique de laisser la possibilité à l’enfant de connaître ses origines, et pour aider la femme et l’enfant, il faut tenter de persuader les femmes de donner leur identité. Pour obtenir l’information de l’identité de la mère, plusieurs personnes peuvent faire pression : non seulement le personnel hospitalier, mais aussi le personnel du département, par exemple.Cette année, un cas s’est présenté d’une femme qui a souhaité garder le secret lié à la maltraitance subi par ses parents, contrairement à l’hôpital qui a expliqué à la femme que ses informations identitaires seront réservées exclusivement à son enfant et en cas de demande, l’ASE a mené des enquêtes pour retrouver les grand-parents de ce bébé, niant le souhait de la femme. Les données censées être confidentielles ne le sont en fait pas, la problématique du traitement de données de manière confidentielle n’étant pas du tout réglementée.Le nouveau guide est publié avec un intérêt de contrôle pour que cette pratique reste minoritaire : cela fait peser l’opération sur l’hôpital et ne constitue pas une proposition ouverte, neutre, à l’attention des femmes. L’hôpital doit en effet prendre en charge toute la procédure, y compris la tenue des dossiers des femmes et faire la liaison entre les femmes et l’enfant pour une longue durée. Cette actualité illustre le manque de soutien avant l’accouchement au Japon. Contraception : Les recherches montrent que c’est le préservatif qui est utilisé dans 82% des cas, contre 4,2% pour la pilule. L’accès à cette dernière n’est pas simple : la consultation chez le gynécologue revient à 50€ en moyenne, il faut pouvoir faire valoir d’un justificatif de la sécurité sociale, la pilule revient à environ 24€ par mois…etc. La pilule de lendemain est encore plus difficile d’accès.Avortement : il faut la signature du père du bébé et pour les mineurs celles des parents, et l’opération coûte environ 1200-2000€. Seul l’avortement chirugical est possible. C’est pourtant un cas fréquent que le père disparaîsse après la nouvelle de la grosse, et que la femme se retrouve seule sans les ressources suffisantes pour régler cette somme. Protection de l’enfance : en France, 1% des enfants vivent séparés de leur famille dans le cadre de la protection de l’enfance. Au Japon, c’est seulement 0,2%. Comme la loi dit que la protection est applicable seulement dans le cas de maltraitance grave, il faut que ça soit prouvé et comme il n’y a pas de Juge des enfants, cela implique une négociation avec les parents. En réalité, cela conduit à une situation où un certain nombre d’enfants sont maltraités sans pouvoir être protégés. Beaucoup d’entre eux se refugient dans l’industrie du sexe et deviennent l’objet de pratiques risquées. Pour les majeures aussi, comme il est difficile de bénéficier du service social, elles peuvent être dirigées vers l’industrie du sexe. Le métier le plus “choisi” des sortants de l’ASE est aussi ce secteur. Consultation pendant la grossesse : elle coûte environ 100€ chaque mois, et si on ne consulte pas de manière régulière, les hôpitaux refusent d’accueillir la future mère. L’accouchement coût environ 4000€. Conclusion : Si la femme a le sentiment d’être respectée dans ses décisions, elle pourra retourner demander de l’aide, mais si le message qu’on lui transmet est qu’on ne respecte pas son souhait, la perspective d’accès aux aides sera nulle.Même si les femmes refusent de donner leur identité, elle devraient être éligibles à toutes les aides.L’information que l’enfant souhaite dans le futur n’est pas juste les informations identitaires : en France, tout un corpus d’informations sont collectées et mises sous scellées, à la disposition de l’enfant seul et sur sa demande uniquement. Au Japon, seule l’identitée concentre l’attention, et même cette unique information n’est pas protégée.Cette problématique doit être traitée en plusieurs étapes qui précédent l’accouchement. #accouchementsousx #japon #travailsocial #protectiondelenfance https://www.mhlw.go.jp/content/000995585.pdf [...] Read more...
2020年06月03日道のエデュケーター 首都圏の生活保護担当をしているとき、母子家庭が多かったのだが、子どもたちは学校につながっていないことの方が多かった。学校に連絡しても「学校に来ている子どもたちの対応で手一杯なので、福祉事務所が繋がっているのでしたら、そちらで対応してください、家庭訪問しても出てこないので学校は何もできません」という反応、警察からも「学校も行かないでずっとコンビニの前や駅でたまってるけどなんとかなりませんか」と電話が来たが、たまに路上で見つけて声をかけても提案できる活動は多くなかった。不登校支援学校の選択肢も多くなく、非行傾向にある若者にとって魅力的な活動内容ではなかった。そんな中、毎年何件も中学生の中絶手術の費用を負担する手続きをしたり、実際14歳で産む子どもの出産の手続きをしていた。男子については、15歳-18歳のこれまで学校に行っていなかった若者を何につなげればいいのか途方に暮れた。日本では学校に繋がっていない若者を支援する仕組みが十分ではない。 フランスの「道のエデュケーター」は、特別その職業に就きたいと憧れる若者もいる、地域の若者のリーダーのような存在でもある職業だ。 パリ市が年間予算22億円を割いている道のエデュケーター(éducateur de rue注1)は特別予防活動(Prévention spécialisée)をおこなっている専門職のことである。具体的には、日本の「夜回り先生」のように路上や公園で若者達に声をかけ、関係性を築き、支援するのだが、組織化されている。 道のエデュケーターの活動は19世紀からおこなわれていて、非行、犯罪予防が主な目的だったが、第二次世界大戦直後から政府の予防活動に組み込まれ、現在のスタイルは1986年の社会福祉家族法で定められている。児童福祉のミッションを担い、児童保護の目的として現在では行われているという枠組みになっている。 ただし、組織としての独立性と、活動家たちによる支援というスタイルは歴史的な背景を維持しており、パリ市では全て民間アソシエーションによる運営、 若者達は匿名性を保障されている。それゆえ、福祉事務所など公的機関のソーシャルワーカーより気軽に悩み相談をすることができる。 元はボランティア、学校の教員、福祉事務所職員、地域の活動家たちが連携しておこなっていたことを組織化してエデュケーターがメインで各機関と連携し、主に12歳から21歳までの、地域にいる若者グループ、 不登校や早期退学してしまった若者、家族や教育機関と良い関係にない若者などとの関係を築き、支援につなげる。社会活動への参加へと導き、責任ある自立した大人になるよう支える。他のアソシエーションと連携して若者自身だけでなく家族の支援へもつなげる。 パリ市では、市との取り決めにより定めた特に支援が必要とされる地域に配備されている。 パリ市ホームページより パリ市では12のアソシエーションの284人のエデュケーターが活動している。 事務所につめているのではなく、地域内で、主に公園にたまっている若者、中学校の出入り口付近での声かけなどをおこなっている。 「文化、社会、スポーツ」につなげることがまずは活動の柱になる。スポーツジムや体育館でイベントをするから来ないか誘ったり、料理教室など文化的な活動への参加、医療面では健康保険への加入の仕方を教える講座の開催、医療にかかる支援、予防接種を受けることについての支援、そして、例えば自動車・バイク教習を受けるよう誘い、その講習の過程を心理士やエデュケーターで継続して支えることで関係性を築き、就労支援にもつなげる。 16-21歳についてはバイトに誘うこともしている。不登校、職業安定所で仕事が見つからないかうまく参加できなかった、仲間と距離を置きたいけれど言い訳が見つからない、 ライフスタイルを変えたい、職業訓練から離脱してそのままになっている若者にとても有効とされている。引っ越し、内装、ペンキ塗り、修理、清掃、庭の管理などのアルバイトへと誘い、その仕事を専門としている人とエデュケーターの2人が一緒に仕事をし、職業の道へとつなげる。 ニュース記事より 宿泊施設もあり、夜間外にいる若者がいたら、宿泊させ、ゆっくり事情を聞くことができるシェルターとしての役割も果たしている。短期での利用も、アパート1人暮らしの練習も、その後のフォローもしている。「一緒に生き、一緒にする」ことがモットーで宿泊施設には常時エデュケーターがいて生活全般を支える。 各アソシエーションが独自のスタイルを提案しているが、若者が自ら望んで福祉事務所や職業安定所に足を運ばなくても、どのような若者も取りこぼさずに様々な支援があることを提案し、つなげていくことができる。若者にとっては、どんな相談もすることができる地域の先輩のような存在であり、それらをフランスでは公式に提供することができているのだ。 注1 エデュケーター資格は3年間の教育・対人援助技術の習得、実習で得られる資格。0歳から21歳を対象とする児童福祉、障害者福祉、母子やアルコール依存などを対象とした支援について学ぶ。 Official website for “Prévention spécialisée” of ParisOriginal article in French newspaper La Montagne [...] Read more...
2020年04月03日日本で働いていたとき、福祉職員は十分守られていないと感じていた。 野田市虐待死事件で心愛ちゃんを担当した心理士も、裁判の証言で 「女児に心的外傷後ストレス障害の疑いがあると診断された」と伝えると、被告(虐待した父)から身分証の職員番号を書き取られ「児相ではなく職員個人として訴える」などと脅された。「私が殺されてもいいから止めたかった。今でも夢に見る」と泣きながら当時を振り返った。 とされている。職員がここまで矢面に出なければならないのはおかしい。 仕事なのに個人が負う身の危険、社会的危険 生活保護のソーシャルワーカーとして働いていたとき、受給者からさまざまな脅しを受けいてた。私の働いている席の後ろの壁には弾痕があり、以前拳銃を持って撃とうとした人がいるということだった。個人的にも、自宅訪問をするのだが、アルコール中毒の人の家で殴られそうになったこと、「そのうち刺されるよ、夜道に気をつけな」と言われたことなどがある。受給者がアルバイトを隠れてしていても、見つかると保護費から減額しなければならないことになっているので、それに対して怒った受給者に怒鳴られることなどしょっちゅうであった。その頃、他の県では全職員に防弾チョッキを支給するところなどがあり、私の部署では警察署から相手の攻撃を交わし押さえつける技術の講習があったが普段訓練しないととてもその場でできるようには思えなかった。 先輩職員には、受給者の家族から訴えられて裁判沙汰になっている職員もいるから、よくよく気をつけるようにと再三注意を受けていた。例えば精神的に脆い人が自殺し、福祉職員の名前が遺書にあって遺族に訴えられた人がいるから、十分記録には防衛線を張っておいた方がいい、といったことである。 仕事でしていることで個人がそこまで危険にさらされるのはおかしい。訴えられたり刺されたりするのは全く割に合わないのでこの仕事を続けたくないと思うようになった。 職員が守られ、大義名分を掲げて仕事をすることができる環境 フランスに来て、職員が1人危険にさらされたり、受給者から狙われたり恨まれたりしない仕組みにしているということがとても大きな違いだと思った。 児童保護は裁判所命令 児童福祉分野では、保護という判断に親が反対しているか協力的ではない場合は裁判所で決定がされる。実際保護される子どもの9割は裁判所命令による。 施設は裁判所命令で子どもを支援している立場、児童相談所は裁判所命令で親を支援する立場として堂々と活動することができる。 児童相談所職員による家庭での親教育支援の初回訪問に立ち会ったときも、子どもを叩いたことのある父親、止められなかった母親に対し、「私たちはあなたたちを助けるために来ました。これから一緒に、子どもたちと再び暮らせるように、父として母としてどのように成長していったらいいか考え話し合い、取り組んでいきましょう」と自己紹介していた。親は裁判所命令である以上児相職員に悪態をつくわけにもいかず、また、児相職員に悪い評価がつけられれば子どもを取り戻すのは先延ばしになってしまうので、提案されるプログラムに応じざるを得ない。 子どもの学校や施設についても、裁判所が許可した範囲を超えて親が近づくことなどがあれば、接近禁止命令が出たり、さらに子どもの居場所が親に秘密にされたりするので、学校や施設が危険な目にあうこともない。 そして、職員たちは親から脅迫メールがきたり、子どもに暴力をふるわれたり物を壊されたり盗まれたりする度に警察に被害届を出した上、裁判所に報告する。そのため、それらは全てその後の親と子どもへの更なるケアの必要性の証拠となっていく。 金銭に関することは全て会議で決めている 例えば、18歳以上で保護を継続して受けたい場合は、もう未成年ではないので裁判所で児童保護の判断は出ないため、本人の申請に応じて住居・生活費・教育支援が受けられるかどうか決まる。本人が申請し、担当ワーカーが調書を書くが、担当ワーカーが決めるわけではなく会議にかけられる。それも、部外者も招いた会議である。若者就労支援機関、地区のソーシャルワーカー、司法機関、精神衛生に関する機関なども参加した会議で決める。結果に不服がある場合は書面による申し出、もしくは裁判所への申し出のみ受け付けると明記している。なので、もし却下されたとしても、担当した個人を恨む構図にはならない。 職員が個人で対応を抱えることにはならないという職員自身の安全と働きやすさはもちろんのことだが、支援を受ける側にとっても、担当者によって対応が左右されることなく公平性があるというメリットがある。 また、日本では親の反対を心配して必要な支援が行き届いていないのが大きな問題だ。 2018年に起きた虐待死結愛ちゃんの件で児相職員が子どもに会えていないにも関わらず裁判所や警察の介入を望まなかったことを 「介入的な関わりよりも実母との関係性構築を優先する支援的な関わりが必要と判断した」 というのはこの一つの例だと思う。 職員が職務を遂行するにあたって安全は最低限必要なものである。 相手を支援するためにも相手の安全も守られる仕組みが必要である。 こちらの記事を読んだ現役で日本の福祉職についている方がメッセージをくれたので紹介したい。 「残念ながら日本は今も変わらない。 誰も守ってくれないよ。児相担当の頃は、係長が面接に同席してフォローしてくれることもあったけど、訴えるとなれば市ではなく、僕個人が訴えられることは有り得る。そうなれば、僕が弁護士費用を出さないといけなくなるらしい。そのために、訴えられた時の保険が出来たけど、任意で保険料は自分持ち… 生活保護担当にいた時は、毎日怒鳴っている人がいて、しまいには、包丁持ったまま執務スペースに入ってきたり、女性が首を絞められたり色々ありました。そんなことがあっても1ヶ月位勾留されて出てきちゃう。」 [...] Read more...
2020年03月23日ケアが必要な子どもたちに最先端・最高のケアを  私が調査をしているパリ郊外の不登校児専用学校について数回にわたって紹介したい。 他の記事にも共通しているが、フランスは県や地域によって仕組みが大きく異なることと、様々な民間団体が県の委託を受け運営しているのでフランス全域で同じ取り組みがされているわけではない。  以前の記事でも述べたようにフランスで不登校でいることは制度上許されておらず、両親が積極的に状況を改善しない限り裁判所の判断も仰ぐ。本人の希望もふまえ、自宅にソーシャルワーカーが通う在宅教育支援、施設入所、全寮制学校への転校、日中入所などの方法がとられる。そのうち日中入所施設に著者は2016年より調査のため通っているのでご紹介したい。 最先端の学術、専門性を持ったパートナーと組み最高の教育を ー 外部の社会的資源を活用 ー  児童相談所のケアを受けるようになれば、在宅であれ施設や寮であれ、きめ細やかな取り組みをしている私立の学校や、専門家の治療も受けることができるようになるということである。  私の調査している日中入所施設はアトリエ・スコレール(学校アトリエ)という名前で、場所はパリ郊外にある。アソシエーション(民間団体)が運営しており、資金は児童保護施設と同じように県からまかなわれている。独自に寄付なども受け付けており、旅行などの活動費は寄付でまかなっている。例えば近所に支店のある銀行で子どもたちの描いた絵の展覧会をおこない、銀行職員の家族などが購入してくれる。多くの子どもが裁判官命令により来ており(親の同意なし)、一部の子どもは親子の希望で入所している。日中入所なのでそれぞれ自宅から通っている。  外部の力を大いに利用しており、研究者の出入りには積極的である。ある大学の脳科学の研究チームは、子どもたちの脳波を定期的に調べに来ていて、どのような活動や支援が子どもたちの脳のどの部分に影響しているか研究すると同時に、教育チームに定期的に脳科学の世界で立証されている研究の中で教育に使えるアイデアをレクチャーしている。私を受け入れてくれたのも、同じ理由で、まだ学生だったにも関わらず、社会学の世界で勉強した内容、観察して考えたことを職員にフィードバックして欲しいと期待されていたし、子どもたちにとってはなるべく多くの大人に出会うことが重要だと考えられている。私も通ううちにチームや子どもたちの要望に応えて、食堂で日本食を作ってあげたり、子どもたちをラーメン屋さんに連れて行ってあげたり、イベントを開くときに在仏日本企業の協力を仰いだり、日本好きの子どもの日本留学を実現したりするようになった。自分の父・母から期待することを全て得られなくても「出会った人が与えてくれるものは全て受け取りなさい」、実親とは別に「ソーシャルファザー」「ソーシャルマザー」を見つけて相談したりいい影響をもらったりしなさい、と子どもたちは教えられていた。日本では、一人の子どもだけお出かけに連れ出すなどは不公平だと禁止されていることがあるが、ここでは「子どもたちは世の中が不公平なことはとっくに知っている。自分に与えられるものは、自分が関係性を築けたということだから受け取りなさい」と言われていた。 子どもの通う学校も施設も子どもが決め、自分で契約する 裁判所命令、もしくは親子の希望で児童相談所のフォローが開始された子どもは、児童相談所のワーカーとともに複数の場所を訪問する。 面接で、まずは子どもが希望を言い、職員がアトリエ・スコレールの紹介をする。後日子どもから入所の希望があれば施設は受け入れの可否を決め、お互いに入所の方向性となったら子どもは再度訪問しアトリエ・スコレールでの一年間の目標と約束事を設定、お互いにサインをして契約の成立となる。入所が決まらなかった場合は児童相談所職員は他の施設を探ことになる。契約なので、子どもも継続するためには約束事を守らなければならない。 脳を目覚めさせ、成功体験を積み重ねれば自ら勉強に再チャレンジしたくなる 最初の数ヶ月は自信をつけることに専念 アトリエ・スコレールは11歳から18歳まで受け入れており、個別指導をする。それぞれの子どもに先生が個別の時間割を作る。最初は子どもの希望するアクティビティがメインであり勉強はおこなわない。脳を活性化させ「初めてのことに取り組んでみたい」「もっと上手になりたい」という気持ちを十分育てるためである。そして「できなかったことができるようになる」経験を重ねる中で自信をつけ、チャレンジしたい内容が自然に増える過程の中で勉強に再度取り組むような流れを作るためである。例えば、馬に乗ったことのない子どもが自在に馬を乗りこなすようになることの与える効果はとても大きい。  唯一皆が一緒に受ける授業は演劇である。実際に舞台俳優から習い、年度末に発表会をするのだが、子どもたちが人前で表現することを自然にできるようになること、自分の得意な役柄を見つけて演じ皆に賞賛されること、皆で雰囲気を作り共有の楽しい時間を作り作品を作っていくこと、大きな成長を見ることのできる機会である。また、演技の中で感情のコントロールを学ぶようになる。目指しているものを実現するために今自分が何をしなければならないか考える機会にもなる。  子どもの準備ができたら勉強を始めるが、勉強は授業の形をとるのではなく個別指導で、勉強の遅れを取り戻したら通信制の学校に登録して勉強を先生に見守られながら進める。問題なく通信制の勉強についていけるようになったら一般の学校に戻るという流れである。  アトリエ・スコレール全体の時間割は以下である : その中の1人の生徒のものは以下でなる。彼は17歳と最終学年で一般の高校に編入する直前なので勉強が多めだ。 彼はパソコンやゲームが得意なので、プロのゲームプログラマーのもとに毎週月曜通い終日プログラミングをして自身のゲームを完成させた。プロの人たちと一緒の環境でプレッシャーに打ち勝つことが挑戦であった。しかし、一年以上通うなかで、漠然とした夢だったプログラマーというものがどのような仕事か理解し、仕事とするために自分がするべきことも明確になった。タイ・ボクシングを習いたいと希望を言ってからは、放課後、アトリエのスタッフと一緒に外部のクラスに通うようになった。 このように、外部の機関も積極的にプログラムに組み込む。 修学旅行も子どもに合わせて決める。セネガル人の父がいるけど会ったことのない子どもはセネガルへの一人旅に出たし、施設を来年出るが親友と一緒の時間を過ごしたい二人は二人旅、心理士と旅行しゆっくり話したい子どもは心理士と出かけた。 ある日本好きの子どもは日本のフリースクールに三週間の留学を実現した。 続く [...] Read more...
2020年03月18日ヨーロッパに大量に到着している移民はその後どう過ごしているのか? パリの児童保護施設から 2018年には4万人、外国から身寄りのない未成年が到着している。居住目的の移民全体では同年25万5500人である。未成年で家族がいない場合は即日保護され、翌日から学校に通うことができる。フランス人の未成年と同じ権利が与えられるということである。 パリ市で児童相談所が管轄する施設・里親・アパートで暮らしている未成年(18歳未満)は4900人、その33%(1350人)も海外から単身渡仏した未成年が占めている。 移民と言っても、実際福祉施設で出会う子どもの多くが紛争地出身ではない。コンゴ、コートジボワール、ギニアなどフランスの旧植民地から来ている。子どもたちに話を聞いてみると、自国での将来像が描けない、家族に酷使されている、学費が有料で通えないというケースと、家族がお金を出し合って一番優秀な子どもをフランスに送り、その子が成功して家族を呼び寄せてくれることを期待しているケースと主にふた通りある。いずれにしてもフランス語の国から来ているので移住先はフランス以外考えなかったと言う。帝国主義の招いた結果である。 施設で出会った少女を二人紹介する。 マニュエラ 15歳 コードジボワール出身 「継母に家政婦のような生活を強いられていたので、知り合いのおばさんに誘われて家のお金を全部持って逃げてきました。学校が有料なので13歳までしか行けていなかったです。銀行がないので家の金を全て持って出た。すぐにそのおばさんに渡したからいくらあったかは知らない。8月に現地を出て、陸路で何度も車を乗り換えブルキナファソ、リビア、それから船に乗って11月にイタリア経由でパリに到着しました。陸路はすごくすごくすごく危ない。二度としたくない。パリに行く電車の中で知らないおじさんが警察署に行けばいいと教えてくれて、警察署まで連れて行ってくれた。その日のうちにこの施設に連れてこられた。翌日は語学の学校に連れて行ってもらって、今フランス語をすごくすごく上手になるように勉強している。クリスマス過ぎたらテストをして普通の学校に入る予定。寒いけど、学校に行ってしたい仕事を選ぶのが楽しみです」 ディアン 14歳 コンゴ出身 「学校から帰ると、叔父が家にいて、父が逮捕されてもう学校に行くお金が払えなくなったのでフランスに行けと言われました。私も高校まで出たかったので同意しました。母や他の家族にお別れを言うこともできないまま迎えに来た人と飛行機に乗りました。その人はパリ郊外の路上で「あそこが警察署だからあそこに行きなさい」と言って別れました。警察署で、一人で来て誰の連絡先も知らないと言うと、一時間後に児童相談所の人が迎えに来てここの保護所に連れて来てくれました。もうすぐ長く住める施設に移動するので近々見学に行きます。裁判では、18歳までは生活費や学費は出るから、それまでにその後自分でやっていけるように準備するように言われました。ここに到着して翌日から学校には行っていました。ちゃんと仕事をして母や家族を呼び寄せます。フランスの学校は英語もスペイン語も勉強できますし気に入っています」 日本にいる難民の子どもについて、国連子どもの権利委員会から指摘を受けていて、「保護者のいない難民の子どもをケアする機構が確立されていない」「犯罪の疑いが存在しない場合でさえ収容する慣行が広く行われている」とし、「庇護希望者の子どもへの宿泊、ケア、教育へのアクセスを提供するための正式な機構の確立」が求められている。フランスでは、海外から来た未成年にも、身分証明書やパスポートなどの書類もない時点からフランスの子どもと同じ権利を保障している。パリ市の場合は予防児童保護セクションの中に「自立と職業訓練」セクションがあり、「単身未成年教育部門」が設けられている。 施設の中での移民 「移民 子ども」などとインターネット検索するとすぐに児童相談所の一覧などが出てきて、誰でもアクセスできるようになっている。 彼らは、なるべく同郷の人がいない施設に入れられる。早くフランス人としての生活に慣れることができるためである。私の調査した施設では未成年単身移民は奪い合いの状態であった。職員会議で次に受け入れたい子どもを選ぶのだが、フランスで育ち虐待を受けてきた子どもたちに比べ、移民の子どもは志が高く優秀な場合が多く、決して学業や職業訓練を疎かにすることがないので大歓迎なのだ。多くの場合父権制の強い、大家族で育ってきているので決して職員に歯向かったり失礼な態度をとることがないことを強調する職員もいた。 施設で出会う16-17歳の子どもたちにインタビューしても「フランスに来てどうですか?」と聞くと「エッフェル塔が美しくて感動しました!コンゴではあんなに美しい建造物は見たことがありませんでした」「学校で毎日勉強できるのが幸せです」などと屈託がない。同じ施設にもう4年調査で通っているのだが、一言もフランス語が話せなかった子どもが4ヶ月もすれば話せるようになり、二年で学年トップに名前を連ねるようになるなど、目を見張るものがある。最初は発音をバカにされるなどと言っていても、学年トップになって周りの生徒の尊敬を集めている。彼らの成長と、美術館見学や遠足などどのような機会も感激して参加するので彼らのエネルギーに職員は元気づけられ、彼らの歩みの壮絶さとパワーにフランス出身の施設の子どもたちは刺激を受けているところもあった。 実際、一般の家庭の子どもの学力の平均と、施設の子どもの平均はほぼ同じで、その理由は大半であるフランスの家庭で育って虐待などの理由で施設に来ている子どもは平均が低いのだが、少数である単身移民の子どもたちがとても好成績なので平均を大きく引き上げているということである。 児童相談所での保護は18歳までなのだが、学業や職業訓練中の際は21歳まで引き延ばすことができる。ただ、17歳くらいで到着すると保護の期間が長く残っているわけではないので、かなり早い段階で「空調整備士コース」など普通高校ではなく職業高校の、職業にすぐに結びつく実地研修の多いコースを割り当てられていることが多かった。早い時期にフランスに到着しないと医師や司法関係など年数のいる学問は選択しにくいと言われている。 移民二世、三世 しかし全ての移民が成功するわけではない。実際パリやサン・ドニ県の施設で出会うフランスで生まれ育った子どもは移民二世、三世である場合がとても多い。一世が成功しないと、母国の家族との関係が悪くなり帰りづらくなり、フランスの同郷の人たちにも境遇を隠すようになり、フランス社会に適応できず孤立する。そして子どもに過度な期待をしたり依存したりしてしまう中で子どもに負荷がかかり、保護されてきていた。 ある15歳の女の子は母が離婚した後精神的に不安定で外が怖く自宅に引きこもり、下界への不信感から学校にも通わせず家に置いていたことで保護された。 現在移民一世と二世だけで人口の21%であると言う。移民集団は1914年から来ているのでもう四世、五世になっている計算で、彼らも含めるとどれだけ人数がいるか計り知れない。現場の職員たちは数々の移民の子孫たちを支援してきているので、なんとか一世が成功できるよう、力を入れて支えている。 そして、家庭内異文化(親子の文化的背景の違い)を専門としている心理士もいる。例えば中国で生まれ育った親と、フランスで生まれ育った二世の子どもでは価値観や考え方が違い、葛藤が生まれたり親子の意見の相違の原因になったりする。最初は訪れた人をケアし、続いて家族セラピーとして他のメンバーも参加し家庭内の循環を改善するケアもおこなわれる。 パリ市の職員は言う。「滞在許可があるかどうか、収入があるかどうか関係なく、母はホームレスで道に暮らしていても滞在許可がなくても子どもは学校に行くことができ、そこからその家族のサポートにつながるのです。社会が全ての人に「存在する」ことを認めて対応することです。」 「移民については100年の歴史があり、その結果を目の当たりにしているので、未来の投資としての教育やケアの必要性については国民全体に共通認識があると言っていいと思います。」 自分の住む国に来た以上、その人たちの人生を支える覚悟で取り組んでいることを感じさせる言葉である。 “Etre un mineur isolé en France” – article published on RFI website [...] Read more...
2020年03月04日フランスには「地域の家」という地域の人が誰でも来て匿名でおしゃべりして行くことのできる場所がある。中には、心理士やソーシャルワーカーがいて専門的な解決を提案するような場所もあるし、ボランティアだけで運営している場所もある。 今回紹介するのはその一つ、 私が4年前から調査しているセーヌ・サン・ドニ県の児童保護施設の子どもたちがよくお世話になっている「町のオアシス」という名前の場所。 始めは近隣のボランティアによって作られた場所だが、今は県の予算で運営、常勤職員が1人いる。 道路から駐車場を通って砂利道を進むと、信じられないくらい様々な植物が生い茂った楽園のような場所が広がり、緑の下に長テーブルが一つ、その周りに椅子が14脚置いてある。小さな可愛い家から50代の女性が出てきてお茶を飲むかと勧められる。緑の中を散歩している人、少し離れた場所に椅子を置きゆっくりと過ごしている人。長テーブルに座ると先ほどの女性が隣に来てくれる。 子どもたちはそれぞれここに自由な時間に行って過ごす。 自宅に住み、日中施設で過ごすという暮らしをしている子は土日や長期休暇の間家で母と2人きりになるのが苦手でここに来るようになった。縫製を自分の職業にしたいと考えているため、刺繍などを持ってきてボランティアの女性たちに教えてもらいながら課題に取り組む。 ケビン(仮名)という16歳の男の子は、施設でも落ち着きがなく、トラブルを起こすことが多く、また人と話すことが苦手だった。僕が、僕が、僕にくれ、それもくれ、常に大人が構ってくれないとあちこち壊して気を引こうとした。必死に人から与えてもらおうとしていた。ケビンにとってもここが唯一落ち着く場所となり、スタッフにさまざまな話をするようになり、町のオアシスが施設に情報提供し一緒に彼を支えるようになった。その中で、ケビンは初めて、5歳以降一回も会えていない、消息もわからない母に会ってみたいと口にすることができた。施設の職員がコミュニティのツテをたどり捜索活動をした。 母との再会もこの場所でおこなわれた。 「誕生部プレゼントは、0ユーロの価値のものだけど、永遠でもあるよ」 「何それ?」 ケビンは「何それ?」と7回言ったあと、「お母さん…?」と言った。 「お母さんどんな人だと思う?」 190cmあるケビンは自分より30cmくらい上に手をかざして「これくらい大きくて」 「きれいで、大きくて、僕よりずっと大きくて..」 彼の中でお母さんの記憶は5歳のときから止まっている。お母さんは妖精のようで優しく、自分の人生を美しく塗り替えると思っていた。 それから先のケビンとお母さんの再会も町のオアシスでおこなわれた。 ケビンが18歳になり1人暮らしを始めたときは職員の知り合いの持っている空家が提供された。ケビンによって破壊され、引き上げられたが、職員はそのことも笑いながら話す。 職員アブドゥはいつも温かい笑顔で我が子のことのように目を細めて話す。「この間、ケビンが、買い物に行くけど何がほしい?って言うんだ。初めて僕のことを思いやってくれたんだよ。それで、じゃあクッキーと言って、ケビンはそのあと用事もあったから忘れたかと思っていたら夕方になってクッキーを持って帰って来たんだ。財布を確認したら、ちゃんとそのぶんお金が減っているから盗んだものでもない。嬉しかったね!」 ケビンが町のオアシスのスタッフたちを1人暮らしの家の食事に招いたときの動画を職員は宝物のように何度も見せてくれた。Give and takeができるようになれば、支援の成功だと言う。 母と再会できてもケビンにとってそれはハッピーエンドではなかった。 母はケビンといると嬉しくていつも笑っているが、それがケビンには腹がたつ。「僕を見捨てたくせに何が面白いんだ」と思ってしまう。 しかし母は息子を見捨てたとは一切認めない。「毎日ケビンを思わない日はなかった」と言い張る。現実に対する2人の認識には大きな隔たりがある。 ケビンはアパートを借り一人暮らしをし、 仕事もしている。母はそこに転がり込み、ケビンに一銭も払っていない。しかしケビンには母を追い出すことはできない。 児童福祉の支援が切れたあとも、ケビンと母のその後まで見守ってくれる、ケビンもお母さんもいつでも話をしに来ることのできる場所がある。ケビンには母も父もいなかったが、実家のように必ず笑顔で迎えてくれるアブドゥがいる。 施設の子どもに職員たちは、「実親だけが親ではない、social father, social mother を見つけなさい、必ず助けてくれる人がいるから」といつも言っていた。ケビンはアブドゥというsocial fatherに町のオアシスで出会うことができた。 [...] Read more...
2020年02月24日年前の虐待死について調査した厚労省の検討委員長が、「各機関が手続きを守っていれば死は防げた」というコメントを発表していた。死は防げたとしても、壮絶な虐待を長期に渡り受け続けて子どもは健康に幸せに育ち自己実現をしていくことができるだろうか。 子どもが幸せに育つことを目標とした福祉が望ましいと思う。 フランスは虐待ではなく、心配があること、リスクがあることが保護の基準となる。法律で定義されているその基準とは「子どもの健康、安全、精神面が危険やリスクにさらされていたり、子どもの教育的・身体的・情緒的・知的・社会的発達が危険やリスクにさらされている場合」である。つまり、先の子どもの栄養失調や度重なるアザのあとは十分保護が必要な状況と判断される。虐待が起きる前の、予防の段階でのケアが必要と考えられている。 同じような動機で保護されても、 国が違えば与えられるチャンスの幅が違うということが日本とフランスの比較を始めた理由だった。しかし、より実態を知るにつれ、国の福祉次第では子どもとしての人生、ひいてはその先の大人になってからの人生も救われたり不幸せなままだったりするということを感じるようになった。 20年来の友達を事例に考えてみたい。仮に明日香とする。明日香は地方都市で生まれ、中学時代の部活帰りに住宅街で見知らぬ人に強姦された。その時、家の中から見ていたおばさんと目が合ったがカーテンを「シャーっと」閉められ、自宅に帰っても家族に言えず、翌朝学校で担任の先生に言うも「そんなこといつまでも引きずらないで勉強に集中しなさい」と言われる。結果、翌日から学校に行けなくなり、外で過ごすようになる。 日本でももちろんここまででおばさんが助け、学校の先生が助けてくれる可能性はあったかもしれない。また、フランスで子どもを守る制度が整っているからとはいえ全て防げるわけではないのは事実である。それでも、フランスで同じことが起きていたら対応、そしてその後の人生は違っていたと思わざるを得ない。 全ての市民に通報義務があり、通報しないと訴えられることさえあるため、周辺の住民から通報が入っただろう警察の未成年保護班という専門部隊がいるので、本人が被害届を出さなくても、事件の通報があったら調査を開始し、犯人を見つけ逮捕しただろう路上のスペシャルエデュケーターという「夜回り先生」を専門職としてしているような未成年保護チームがいるので、特に下校時間など若者が外にいる時間は積極的に声かけをして予防活動に取り組んでいる学校には教えることを専門とする教師とは別に、子どもの福祉を専門とする心理士、ソーシャルワーカー、教育相談員などの職員がいるので、教師は専門職につながないと義務違反になるし、子どもも話せる相手に選択肢がある一月に半日を4回以上欠席すると、学校は対応を取る決まりになっているので、最初は教育相談員が対応、続いて本人と連絡が取れないときは通報し児童相談所や裁判所が即日保護の手続きをとるので、子どもが学校に行かないまま子どもの福祉の専門家が誰も対応をとっていないという事態は起きない。 明日香は家にも帰りづらくなり、車に乗せ自宅に連れて帰る男性の家を転々として過ごす。 家に帰りづらい場合は匿名・無料で泊まって、エデュケーターや心理士の支援を受けることができるシェルターがある。 親が反対しても、子どもが施設・里親・グループホーム・アパート暮らしなど親と離れて暮らすことを希望したら子どもは児童相談所の予算で別に暮らすことができる。匿名・無料で心理士のカウンセリングを受けることができる「ティーンエイジャーの家」がある子どもが学校に来ておらず、児童相談所も居場所を確認できない場合未成年保護班が出動し捜索する実際日本で施設を訪問すると「子どもが逃げたらすぐ車に乗せていくような人がたくさんいるんですよ、なので1日2日帰って来ないことがあっても他に行き先がないものだからケロっと戻ってくる 」と職員が言うことが度々ある。警察も家出とみなすと積極的には捜索しないと児童福祉関係者は言う。未成年保護班がいないと、警察の優先事項も違うのだろう 明日香は中学2年以降登校していなかったが、大検を受け、東京の国立大学に入学し筆者と知り合った。 しかし、入学直後に地方の有名男子校出身のAと関係を持ったことをAが同じ学校出身の仲間に得意げに言いふらし、「軽い」という噂が流れ、明日香は大学にも行きづらくなる。 卒業後国家公務員として勤務するが、係長と課長双方に、別々に、職場で口で奉仕するよう強いられるなどする中、本人曰くマスクが離せなくなり、その後躁鬱病を発症する。勤務を始めて数年後から病休を繰り返し今に至る。現在もうつ病で精神病院に入院中である。 家族は妹と父母である。妹は明日香が長く家を不在にしていたこともあって皆勤賞をとるくらい、学校にはしっかり行く明るい子どもだった。母は明日香にとって一番近い存在だったが、明日香が国家公務員になった直後に癌で急逝。その後、妹は引きこもりになり、十年以上経っても状況は改善していない。父は母急逝後アルコール依存気味だが、父の年金で父と妹2人で暮らしている。 明日香がまだ中学生のときに子どもの福祉に助けられ、ケアされて自分を再構築でき、同時に妹もケアを受け、父母も支援を受けるなかで娘たちに起きたことを理解して受け入れ支えられるようになっていたら、全く違うその後になっていたのではないかと思わざるを得ない。ケアがなかったからこそ、24年経っても、事件がいつまでも尾を引いているのである。被暴力経験は大きく自尊心を傷つけ、自分を守る選択をしにくくさせることがある。いじめと同じように、加害者に嗅ぎ分けられ、さらなる標的にされてしまう。 日本ではよく、「誰でもいろんな辛いことを抱えて生きている」 と言うが、子ども時代の辛い経験は抱えきれないようなものもあり、子どもは小さければ小さいほど耐性がない。国が子どもを守り育てることに予算を割き力を入れることができれば、能力を開花させ社会を支える大人が育つだろう。明日香は辛い10代を送り、20代も辛く、30代に発病、40代もリカバリーできていない。素晴らしい才能があり、魅力的な人柄の女性がこんなに長く苦しむ姿を見るのはやりきれない。 フランスの福祉を知る中で希望を見ることができることが救いだが、日本でももっと人が大切にされ、幸せに暮らし力を発揮できる社会になってほしいと願う。 [...] Read more...
2020年02月21日パリ市連帯の夜 Nuit de la solidarité 現実を把握・現実に即した支援の実現・市民の連帯を促進 パリ市は3年前より、冬のある定められた日の晩、夜22時から深夜1時までソーシャルワーカー400人と、市民ボランティア1500人を動員し、ソーシャルワーカーをリーダーとした4-5人のグループに分かれパリ市内全ての道と場所をくまなく歩き、路上で寝る人の数を数え、その状況を調査している。 それまで研究機関から発表されていた調査結果と違い、例えば女性ホームレスの割合は2%ではなく14%だということがわかって女性用のホームレス施設が増設されたり、現実に合った支援を模索するための方法とされている。 しかし、それだけでなく、1500人の市民ボランティアが普段ホームレスに声をかける勇気がない人も研修を受けホームレスの現状を知り、路上で出会う人たちと一晩中会話する中で、話しかけたり必要なことを聞く練習をし、より気軽に手を差し伸べられるようになることも目的としている。 その夜のうちに相手の状況を解決することはできないが、出会うホームレスが支援を求めている場合は、本部に連絡してソーシャルワーカーたちが現地に赴き対応する。 2019年の結果  調査した2月7日の夜、路上で寝る予定だと答えた人、路上で寝ていた人は3641人。2018年より200人多い(調査場所の増加による影響もある)。 うち女性12%、未成年92人。 路上にいたのが2600人、駅300人、地下鉄300人、ブローニュの森とヴァンセンヌの森の中300人、病院の廊下や待合室100人、駐車場45人。 当日パリ市ホームレス用宿泊施設2万5000床は全てうまっていた。 パリ市は市民ボランティアと支援を必要とする人たちのための事務所を設けている パリ市は「連帯作り」(Fabrique de la solidarité)という事務所を持っており、そこを訪れた市民はいつでも、どのようなボランティア活動があるか知り自分の得意分野を生かせるもののアドバイスをもらったり、どんな寄付の需要があるか知ることができる(女性の生理用品の寄付箱など置かれている)。困った状況に置かれている市民は、そこでインターネットを使ったり、温かい飲み物を飲んだり、どこでどんな支援を受けることができるか相談することができる。 申し込みと事前講習 「連帯の夜」にはパリ市のホームページから1ヶ月前から申し込みをすることができ、深夜の調査なので歩いて帰れる区を選ぶ。当日の一週間前と二週間前に「連帯作り」にて講習がある。 講習は2時間におよび、30人ずつくらいのグループに分かれ、市と協力関係にある民間福祉団体の職員2人と、現役のホームレス2人によって、ホームレスの現状、誤解しないために理解しておくべきこと、するべきこととするべきではないことなどの説明を受ける。 講習タイトル「相手の元に向かうことができるように」 現役ホームレスであるマチューさんからまず現状の問題点について説明があった。 ホームレス用緊急番号は1時間待ってもつながらないことは多々あり、1/3は電話がつながってもどこもいっぱいで宿泊場所の確保に至っていない。なので、ホームレスの2/3は普段そこへ電話さえしない。また、継続して宿泊できるのは1泊から3泊のみである。大部屋に大勢いる宿泊施設もあり、かえってゆっくりできない経験をしていると、もう行きたくないという人もいる。また、パートナーと離れたくないと宿泊施設を希望しない人もいる。 マチューさんは宿泊施設が合わず、仲間と一緒に森にいることを希望しホームレスのままでいる。 課題として、長期で過ごすことのできる施設を増やすこと、またマチューさん自身は団体に協力し、トイレをホームレスに貸してくれる商店を増やす取り組みをしている。 課題として、長期で過ごすことのできる施設を増やすこと、またマチューさん自身は団体に協力し、トイレをホームレスに貸してくれる商店を増やす取り組みをしている。 マチューさんから以下のアドバイスをもらった。 話しかけるときは、寝ている人でも、同じ高さに目線を合わせること「こんにちは」という挨拶と「私はOOで、OOをしに来ました」と自己紹介を最初にすること「NO」と言われたら、今話したくないということなので、決してそれ以上プライベートな時間を侵害しないこと大人数だと圧倒されるので最大でも2人。3人以上で押しかけない。寝ている人、片付けている人は、自分の家にいてプライベートな時間を過ごしている感覚なので決して話しかけないこと。物を盗まれたり怖い思いをしたことがある人ばかりなので、視界に入る場所からのみ近くなどびっくりさせない配慮をすること。何が必要かこちらが勝手に判断するのではなく、何かして欲しいことがあるか聞くこと。体調悪そうだったので勝手に救急車を呼ぶ、苦手かもしれない食べ物を買ってきて渡すなどしてはいけない。スーパーやパン屋に行く前に路上にいる人に出会ったら、何を買ってきてほしいか聞くのが良い。 [...] Read more...
2020年02月21日パリ市の400人のソーシャルワーカーと1500人の市民ボランティアが市内の全ての道、駅や駐車場などをくまなく歩き、その日路上で寝ている人の数を数え、状況の聞き取りをする「連帯の夜」。 3年目である2020年1月30日当日は19時に参加する区の区役所に集合し、自分の担当区域のチームに配属される。ソーシャルワーカーや経験者であるリーダー1人に市民ボランティア3人ほどのチームである。私はリーダーが30年前から区の様々な活動に参加している区のことをくまなく知っているという50代男性、女性30代弁護士、女性20代学生は政治関係と環境関係をテーマとしているということだった。事前に登録すれば未成年を連れて来ることもできる。22時から1時までは何かあった際は市の保険でカバーされているので、その間に調査活動を終える必要がある。19時から21時前までは全体で研修を受け、21時から出発までは、どのように道を回るかチームごとの打ち合わせをした。必要な人は区役所に心理士が待機しているので、見聞きしたことや感じたことを心理士に話しに戻って来ることもできるということだった。 研修は、路上生活者の現状と問題になっていること、調査の目的、方法論、統計の取り方、倫理的な注意事項などである。 特に、慣れていない人はホームレスを見た目で判断することが多いので気をつけるようにという指摘があったが、実際この夜出会ったホームレスのうち2人はこざっぱりとした一般と変わらない身なりをし、きれいなリュックを一つだけ持っているといういでたちだった。 私の担当地域は、普段はホームレスを2-3人見かける場所だが、一昨年の調査では5人、去年の調査ではゼロとなっている。調査者の識別する力によるところと、天候による部分も大きいように感じた(とても寒いと路上で寝るのは危険なので歩き続けたり夜間バスに乗っていることもあるし、雨の場合も普段とは違うところにいることが多い)。 自己紹介の仕方や調査の説明の仕方は渡される書類にも書いてある。リーダーたちは別に事前研修を受けてきている。 担当区の中の、担当地域の地図をもらい、この全ての道をくまなく歩くにはどのように回るか作戦を立てる。ホームレスが集中する中央通りを最初に歩くか、最後に歩くか話した末、眠る場所に戻る遅い時間に行けるよう最後に歩くことになった。その結果、すでに寝ていて話しかけられない方もいた。 リーダーは経験があるので、最近集めておいたという1ユーロ、2ユーロ(120円、240円相当)玉をたくさん持参していた。匿名、無報酬での質問だが、調査に答えたお礼に何かもらえると喜んでもらえることが多いためということだった。家にあった食べ物以外持ってきていなかった他のメンバーは、研修で配られる夜食キットを質問に答えた人に渡した。 22時に調査を開始できるよう21時40分に出発し、歩いて現地に向かう。途中の道でもたくさんのホームレスに出会ったが、他の人の担当地域なので声はかけない。 普段住宅地を夜歩き回ることはないので、いつもと違った風景に見える。 最初に心当たりにある場所に行くと、1人横になっていたが、目が合ったので話しかける。スーパーの入り口付近にいた。50代男性。「6年前に病気で仕事を失い、路上生活に入った。施設に行ったこともあるが、400人もいるような巨大な施設で朝起きるとバッグどころか靴もなくなっていたのでもう二度と行かない」次にバス停で2人話す40代後半の男性は、バスを待つ様子ではなかったので声をかけると二人ともホームレスだった。きれいな身なりをし、きれいなリュックを一つずつ持っている。 「市の公務員として市の建物の屋根の上の修理の仕事をしていたが、落ちて足が悪くなったことを理由に退職を迫られた。15年前に路上に来てからは、二度ピレネー山脈にある療養施設でアルコールのない生活を2ヶ月送るが、その時はよくても、パリに戻ると路上に戻るためまた飲んでしまう。6年前からはもうどこの短期施設にも入っていない」 もう1人は自分のことを話すことが好きではないということだったので、観察事項のみ記録した。 もう1人ゴミ箱の中身を見ている人がいたので声をかけたが「違う通りで他の人にもう調査受けた」ということだったので、数えなかった。 そして、最後に見つけた人は警察署の近くにいた。もう24時をまわっていて寝ていたので声をかけず観察事項を記録した。4人という結果だった。ボランティアはこれで解散、リーダーは区役所に戻り調査票を提出する。 身近に暮らすホームレスのことをよりよく知る、手を差し伸べやすくなる、彼らの置かれている状況についてより関心を持つ、様々な取り組みをしている団体を知り今後参加しやすくなる機会であった。 [...] Read more...
2020年02月20日フランスは、重要なポイントについてそれぞれ専門の機関を作ることによって、問題がそのまま放置されないようにし、かつ各関連機関に情報が共有されるようにしている。専門の職種もある。「子ども裁判所」「心配な情報の収集と判断を担当する県の機関」「 児童相談所に預けられた子どもの状況を調査検討する学際的、複数機関横断的委員会 」「国立児童保護研究所」、子ども裁判官、児童保護専門医などである。 今回は警察の未成年保護班について紹介する。近隣の人の通報や、学校で子どもが「親に叩かれた」と言ったとき出動するのが未成年保護班である。 未成年保護班がいることのメリットは、 子どもの事情聴取専門の警察がいること子どもが被害届を出さなくても、調査、裁判所につなげる子ども裁判所とやりとりのうえ、児童相談所の施設に保護、それと同時に調査し裁判資料を用意する。そのことによって、兄弟間の暴力でも、加害者は罰せられる。私の参加した児童保護施設の会議では、数年前に兄から性的強要されて入所している女性について、成人である18歳の誕生日と同時に、兄からの慰謝料である84万円が妹である女性の口座に児童相談所経由で振り込まれたということが議題の一つに上がっていた。女性は知的能力が低く、兄のことを「かっこいいし、合意があった」と言っているのだが、兄は慰謝料以外にも治療プログラムへの参加が義務づけられている。子どもが加害者であるいじめや嫌がらせについても大人と同じように取り調べし、裁判所に調書と子どもを引き渡すことで、悪化することを防ぐ。 未成年保護班の具体的な活動について、2019年10月7日にZone Interdite (M6)というテレビ番組で紹介された具体事例をもとに紹介する。(Brigade des mineurs: au secours des enfants en danger)(南フランス、マルセイユの近くのToulon市の未成年保護班へ1年間密着取材した内容) 全国400ヶ所に警察未成年保護班が設置されている。 Toulonでは5人チーム。うち4人はこの道11-30年と経験豊富。一年間児童保護施設で働いた人も。志願者はそう多くない。小さな子どもへの事情聴取、思春期反抗期の子どもの事情聴取は使うべき言葉とるべき態度、専門の訓練を受けていないと難しいからである。 月1-2回はリスクや危険な状況に置かれているという子どもの通報を受け裁判所命令で子どもの緊急保護をしている。それとは別に、毎日平均3件新規の相談を受けている。聞き取りは全てビデオに撮って管理している。 緊急保護 例)20歳の母の新生児。保健所からの定期的に体重を量りに来ていないという連絡と、衛生状況に問題ありとの通報。去年既に新生児を亡くしていることもあり、裁判官命令で予防のための保護の決定。→この際も専門部隊なので乳児院と連携しミルクについて母に確認するなど細やかなケアもしている。 いじめ 全国で年間7万人のいじめを未成年保護班が扱っている。例)11歳の女の子が、学校でのグループのインスタに「バカ、アホ」など悪口を書かれたと警察に来る。未成年保護班は聞き取りの上、別に加害者を呼び出し、確認。加害者の女の子は反省していると泣く。後日加害者は裁判所に呼び出され、検察官より、「法律の再確認」(rappel à la loi)を受ける。罰ではないが、裁判所に呼び出し今回した内容が罪であることを確認させることで再犯を防ぐ。子ども裁判官によると、「即座に対応しなければなりません。子どもについては棄却はありません。一回のいじめでも、裁判所で対応することで再度同じことが起きたり悪化することを防ぐのです。大きな問題は、その前に何度も起きる中で発展しているので、なるべく早く対応することが重要です」→一回の嫌がらせでも発展を防ぐため時間をかけ、複数のステップを踏み扱っている。(安發注:スイスは必ず罰を与えることで自分のしたことについて考える時間を与える。学校登校前に公園の清掃員の手伝いを週何回何ヶ月+同じ種類の事件の裁判の傍聴5回など) ティーンエイジャー同士のトラブル 例)17歳同士、クラスで男子が自分の性器を何回も触れとうるさく言うので、女子は更衣室で男子の性器を触りこすらされた。女子は「嫌だった」と泣き、男子は「完全に何もなかった、そんなことはしていない」と否定。男子と女子一緒の部屋で警察も男性と女性二人で聞き取りをする。最後まで男子は否定するが彼女が苦しんでいる様子を見て男子になぜこのような事態になったか考えさせ、警察も交えた話し合いの機会にする。真実がどうだったかはわからないこともあるが、二人だけのトラブルとして発展させない、女子が誰も助けてくれないと思わないでまた相談できるようにすることが重要であると話す。 未成年の性被害 全国で毎年2万人の未成年性的被害者を警察は保護している。 例)知的障害があり断りきれなかった女の子を車で連れ去り自分の性器を触らせた男性を市内の監視カメラで車両番号から割り出し逮捕する。 例) 16歳の高校生と47歳の妻子持ちの中学時代の先生との恋。16歳も47歳も中学時代の性交は否定。自由恋愛を主張。16歳は「心配しないで、ほっといて」と訴える。法律上は15歳から合意の上好きな相手とセックスすることができるが、教師と生徒など監督すべき立場の場合は法律違反になる。双方が中学時代の性交については否定するので、証拠はつかめず、子ども裁判官に相談後、検事に書類は送られなかったが警察から教師へ注意。「愛人として続けられると思った」という教師に対し「それは妄想です」「16歳を自宅に連れ込むことの重要性、彼女の女性としての人生にあなたとの関係が与える影響は大きい」と警察は諭す。 未成年が加害者となる性的犯罪も増えている。全体の1/4は未成年である。ポルノが出回り、現実との境界線がわからなくなっている若者がいる。性的事件の35%は家庭内で起きている。 例)15歳の経済的に豊かな家の男子、成績優秀。携帯にポルノがたくさん入っているということで心配だと連絡がある。そこで聞き取りのなかで、6歳半の妹に性器を触らせ、自分も妹のを触っていたことがわかる。裁判所で、治療を受けることが命令された。被害者の妹にも個別に説明、兄をかばおうとする父親と母親も個別に警察より起きたことの重大性を説明する。例)父親からの性的虐待。11歳の子が最初の聞き取り時は「何もなかった」と言うが、2回目は全部話す。警察はその場で少女をほめる「言うことができてがんばったね、自分のことを強かったと誇りに思うんだよ。決して恥ずかしいと思わないこと、自分は何も悪くなかったんだからね」そして、夫が逮捕されて一人で子どもたちを抱えることになった母にも「父親がいなくなったことについて決して彼女のせいにしないこと、彼女が自分をとがめるような状況にしないこと、彼女の将来について、女性として生きていくことについて考えケアすること」などその場で注意している。 スポーツ選手の11%は性的暴力の被害に逢ったことがある。 例)かつていとこの夫から性被害を受けいたラグビー選手はスポーツ界での性被害を予防し、被害者を助ける団体を立ち上げ活動している。 スポーツ省がこの団体に委託し全国のスポーツのエリートに対し性被害を予防し被害者を守る講習を受ける機会を作っている。未成年保護班のことを知らない小さな子どももいるので、助けてもらう方法を教える。テレビでも青少年への講習の後、4人の子どもが講習後講師に相談をした。1人はセクハラ、3人は触られることがあることについてだった。自分で警察に行くのは勇気がいることもあるので、団体は被害を警察に申し出る手伝いもする。 団体 Colosse aux pieds d’argile : https://colosse.fr/ 未成年保護班の警察は、子どもたちは重い荷物を背負ってここに来るので「ここに全部置いて行きなさい。あとは私たちが引き受けるから」と伝えている。 [...] Read more...